ありがとうの森

ありがとうは幸せの種

「幸せ」の本質は「日常」小林正観

ありがとう森ブログ No.1,633


どんなに遠くはなれても
何日もどらなくても
わたしには帰る場所がある
そんな当たり前という名の幸せに
ありがとう


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もうすぐお盆
故郷に帰る人もいらっしゃるでしょう。

でも毎日帰る家が、
当たり前にあるということが
何より幸せなんですね

今日も、今を幸せに
ありがとう幸せます





・・・・・・・・・・・・・・・・・


ありがとうの森メルマガNo.2,342で紹介した
小林正観さんのお話紹介します。

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◆「幸せ」の本質は「日常」】◆

 小林正観
『生きる大事 死ぬ大事』イースト・プレスより

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どうも、私たちには、「見ているのに見えていないもの」が、たくさんあるようです。
私自身にも知らないがゆえに「見えないもの」が、山ほどあるに違いありません。

その中の、とても重要なものに気がつきました。
「幸せ」というものです。

実は、私たちは「幸せ」というものの本質を知らなかったのかもしれません。
「見てはいる」けれども、「見てはいない」ものの一つに、「幸せ」というものがあるように思えます。


結論を言ってしまえば、
「幸せ」の本質は「日常」なのです。

「山のあなたの空遠く」にあるわけではありません。


例えば、偏頭痛の人がいるとします。
ずっと偏頭痛に悩んできた人は、「もしこの偏頭痛が消えてくれたら、どんなに幸せだろう」と思っていることでしょう。

そして、ある日突然、その偏頭痛が消えたら、
「何もない」「静かで平穏な」日々が、どれほど「幸せ」であるか、を実感するのです。


では、その偏頭痛が今まで全くなかった人は、どれほど「幸せ」であったのか。
まさしく「幸せ」の海の中に暮らしてきたのです。

ですが、それが(偏頭痛が持続していたことが)自分の生活になかったがゆえに、
自分が「幸せ」の中に暮らしていることを知りませんでした。


「知らない」がゆえに「見えない」ものが、たくさんある。
目に入っているにもかかわらず、「見えない」し、「わからない」「認識できない」のです。

その代表的な例が「幸せ」であるのかもしれません。


ある人が、例えば台所で、タクアンを切ながら、「あーあ、幸せ」と言ったとします。
その人は、台所でタクアンを切っているだけで「幸せ」なのですから、「どこに行かなくても」幸せ、であるのです。

「どこへ行かなくても幸せ」な人は、「どこに行かなくてもよい」のですから、「どこに出かけてもよい」ということになります。


ドイツの詩人、カール・ブッセは、「山のあなたの空遠く『幸い』住むと 人のいう」と、詩に書きました。
「ああ われひとと 尋(と)めゆきて」というのは、「友人と泊りがけで旅に行ってきたが」ということです。

けれども、「涙さしぐみ かえりきぬ」、涙ながらに帰ってきたのだそうです。
つまり、「幸」に会うことはできず、「悲しくて」涙を流しながら帰ってきた、ということなのです。


それでも、「山のあなたに なお遠く 『幸』住むと人のいう」、とカール・ブッセは書いたのでした。

海の中に住む魚には「海」の姿がわかりません。
同様に、「幸」の中に住む人間には「幸」の姿がわからない。

「見てはいる」が「見えていないもの」が、世の中にはたくさんあるのかもしれません。

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小林正観さんは、「イライラさせる人がいる」わけではなく、「イライラする自分」がいるだけだ、という。

同様に、「幸せという状態」があるのではなく「幸せを感じる自分」がいるだけ。

万人に共通する「幸せな状態」などない。

病気で入院中であってもその中に「幸せ」を見つける人もいるし、
大きくて立派な家に住みお金も十分あるにもかかわらず「不幸」な人もいる。


健康なときはそのありがたさや幸せに気がつかない。
病気になってみてはじめて、そのありがたさや幸せに気づく。

「明」は「暗」があるからこそ、「明」が際立つ。


『「どこに行かなくても」幸せ』
ディズニーランドやハワイに行けなくても、今の日常で十分幸せを感じている人はいる。


『「幸せ」の本質は「日常」』
目の前の日常の中に、幸せを感じることができる人が、「幸せ」な人。


今ある幸せに気づける人でありたい。


■「人の心に灯をともす」より



♪( ^-^)/★,。・・:,。★\(^-^ )♪ありがとう

♪3秒で幸せ♪

今ある幸せに

ありがとう ありがとう ありがとう

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


求めて、求めて幸せを追い求める人

いつまでたっても幸せはやってこない。

どこに行けば、誰に逢えば、いくらお金があれば、夢を達成すれば

そういう考え方が幸せから自分を遠ざけているのかもしれません。

執着すればするほどに、幸せは手にできない。

幸せは見えていても見えていない。
読者の人はそんな人にならないように、ありがとうノートにたくさん今あるものを書き続けてくださいね。

何!言ってんだ!ありがとうノートまだ届いてないじゃないか!

そんな声が聞こえてきました。
リクエストして届いていないあなた、あなたです。

とりあえず広告の裏でいいので予行演習しておいてください( ^)o(^ )


今日も気づけばあなたの心に幸せの風が吹いてきます。
今を幸せに
☆ありがとう、しあわせます☆


今日も、読んでいただいてありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・
読んで実践したあなたにいいことがいっぱい起きます。

幸せメガネをかけて幸せ一万尺、ありがとう一万尺を歌いながら
ありがとうの森行きのハッピー虹色バスに乗って
ワクワク、スキップスキップ楽しんで♪
笑顔と感謝と幸せの種まきに出発進幸~(^o^)/~♪

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